ＷisteriaＲice

鯖雲が覗く日暮れ、まつはぼんやりと与えられた屋敷の庭でぽつんと空を眺めていた。
花を施した着物に、上品な黄支子の帯。
返す光が黒紅の髪をたわわに揺らし、肌は抜けるほどに透る白磁。
まさに、傾国の美女と言って過言ではないその姿は、夕日に溶けて更に艶を増していた。
まだ、齢十二の少女であったが、滲む様な女ぶりは、ここ最近、益々磨きがかかっていると家臣の間では専らの評判で、女でありながら、学問や武芸にも通じ、凛とした姿に心奪われるものも少なくなかったほどである。
だが、今は普段の凛とした面持ちはなく、徐に瞼を虚ろがせ、まるで年頃も過ぎた‘女’が物思いに耽る仕草で、流れる雲をぼんやりと追うばかり。
整った砂利にぺたりと腰を下ろして、時折ため息を吐いては、辺りを見渡して、目を伏せ、また、雲を見る。この繰り返しであった。
幾ら、教養を得たとはいえ、まだまだ遊びたい盛りの少女に、この広すぎる屋敷は退屈なのかも知れないと、以前、前田利昌より毬やら飯事道具を賜ってもいたのだが、それすら周囲には見られず、ただただ、過ぎる雲を数えていた。
日の暮れる前には、気を利かせた女中の一人が、あまり外の風に長く当たるのは体に障ると諭そうとしたのだが、「私と同じ年程の子供は常に外におるものでしょう。ならば、これしきの事で体に障ることなどありえませぬ。」と言い放ち、断固として動こうとはしなかった。

まつが頑なにこうして、庭から動かず、ただぼんやりとするにはそれ相応の訳があった。
庭の前に隔たる塀の先には、小さな堀があり、それを越えれば屋敷の正面へ抜ける為の道が一本通っていたからだ。
庭におれば、外の音が聞こえてくる。
空を見れば、どれほどの時が流れ、過ぎたのかも解る。
風を受ければ、気は洗われ、どこにあっても‘彼の人’を思うことが出来たからである。

暫くして、稀薄に下げられていたまつの瞼が突然に擡げた。
東方より響く馬の駆ける音と、甲冑独特の金属音。
まつは慌てて立ち上がり、少し、砂利に押されて跡がついてしまった裾を適当に手で払って正門まで走った。
整っているとはいえ、砂利の上に長時間いれば、脚への負荷もあったのだが、それより先に足は進んでいく。
幼いまつには、屋敷はやはり、些かに広く、正門までも遠くあったが、誰より先に、音の元へと向かいたかったのである。

砂利を抜け、渡り廊下の下を潜り、垣根の合間を縫って辿り着けば、丁度、門が開かれるところで間に合った。
上がる息を落ち着かせて、改めて乱れた裾を正す。

門は、重厚な音を立たせながら、門番の男二人掛かりでゆっくりと開かれた。
逸る気持ちを抑え、少しずつ見える門の先へ、まだかまだかと強請るように視線を送り、息を飲む。
そして、帰宅を伝える太鼓が響き、完全に開いた外の先にある姿を見るやいなや、まつの頬は桜に染まり、小さな体がふるりと震えた。
朱を称えた甲冑に、屈強な身体。
幾戦の怒涛を潜り抜けた事を窺わせる勇姿の男が、供を幾人も引き連れ、颯爽と馬に跨っていた。

「兄様!」

満開の笑顔で、まつが駆けよれば、男は綻ぶ様な笑みで馬を手前で構えていた家臣を預け、ひらりと身を返し、まつを軽々と片手で抱き上げた。
そこには、誰しもが唸る凛とした美少女の姿も、虚ろに雲を追う物憂い気な女の姿もなく、無邪気に笑う、花を思わせる年相応な少女の姿があった。
嬉しそうに頬を寄せ、自ら男に身を傾ける。
まつを追ってきていたのだろうか、後ろでは、はしたないと叫ぶ中年女中の姿もあったのだが、それすらどうでもよいといった風である。

「おいおい。今更、兄様はないだろう、まつ。」

男は、これまた嬉しそうな口調で、じゃれるまつに言うと、切れ長い目を細め、より、しっかりとまつを抱え込んだ。
すると、まつは少し照れたようにはにかみ、自身の裾を探って何かを男に差し出してきた。

「お帰りなさい。利家様。勝家様はご健勝でしたか?」

手にされていたのは、一輪の野菊であった。
野菊は摘まれてから時間が経っているのか、少しばかり元気を失ってはいたが、自力で首をあげ、しっかりと咲き誇っている。
利家は、空いていた指先で野菊を受け取り、また、愛しそうにまつへと笑顔を向けた。







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即席又まつ。
又左とまつがそういえば従兄妹だったよね、幼いころとかにうっかり結婚してからも兄様とかつい呼んじゃったりしてたら萌えるよねとかしょーもないことを思いつつ。
つか又左ムズイよ。又左。